生ハムのない、100円ワインの夜に
生ハムメニューの販売休止。報道としての事実は別の記事に譲るとして、ここでは一人のサイゼ好きとして、あの一皿のことを少しだけ書いておきたい。
サイゼリヤの生ハムが、しばらく食べられなくなった。
事実関係はサイゼ速報の記事に書いた。スペインの事情で、原料が入ってこない。仕方のない話だ。だからこれは、ニュースではなくて、ただの個人的な手紙のようなものだと思って読んでほしい。
あの一皿の話
僕にとって生ハムは、いつも「二杯目の合図」だった。
席について、まず100円の赤を頼む。ひと口飲んで、メニューをめくって、ほとんど条件反射のように生ハムを押す。運ばれてきた薄い赤を一枚、指でつまんでワインを流し込む。あの塩気が、一日の輪郭をやわらかくしてくれる。320円で買える、ささやかな贅沢だった。
不思議なもので、毎回頼んでいたくせに、当たり前すぎて写真の一枚も撮っていない。なくなって初めて、自分がどれだけあの皿に助けられていたかに気づく。
それでも、サイゼはサイゼ
とはいえ、しんみりするのはここまで。サイゼの強さは、穴を埋める選択肢がいくらでもあることだ。
辛味のきいたチョリソー、しっとりした蒸し鶏の香味ソース。どちらも100円ワインの良き相棒で、生ハムが空けた席に、ちゃんと座ってくれる。今夜はチョリソーで一杯やりながら、生ハムが帰ってくる日のことを考える。
産地が変わっても、きっとまた、あの塩気は戻ってくる。そのとき僕は、たぶんまた写真も撮らずに、当たり前みたいに一枚目をつまむのだろう。それでいい。当たり前にそこにあるというのが、サイゼのいちばんの贅沢なのだから。
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